NSXクラブミーティング2006

– 2006.3.4.ツインリンクもてぎにて –

【開催趣旨】2000年を最後に、NSXフィエスタはツインリンクもてぎでは開催されておりません。NSXの誕生の地である高根沢、栃木、ツインリンクもてぎ・・・。誕生から15年を経過し、昨年末を以って生産終了となったこの時期に、メーカーであるホンダとNSXをこよなく愛して止まない各クラブのメンバーが、これまで育んできたその文化を継承すべく一堂に会し、更なる交流を深めることは大変意義あることと思います。「ジャパン」と「YOKOHAMA」が予てより計画し、幸いにも在関東の多くのクラブの賛同を得、ボランティア数名により実行委員会を組織し、準備、開催となりました。今後は、「秋は鈴鹿でのフィエスタ」「春はもてぎでのクラブミーティング」として定着したNSXのイベントとなるよう成長させていきたいと思っています。

【レポート】 3月4日土曜日、前日の雪混じりの雨を降らせたのが嘘のような青空。これ以上の天気は望めません。受付開始の9時が待てないのか、数台のNSXがASTP(アクティブ・セーフティー・トレーニング・パーク)に到着。誘導に従って所定の場所に停車、見覚えのある顔のドライバーが降り立ちます。早速、テント下で確認、誓約書署名、ゼッケン交付など。10時からの開会式までに走行準備を済ませておきます。9時30分頃になると、さすがに到着が集中。車を見ただけで、「ああ、○○さんだ」「△△さんも来ているんだ」と馴染みのメンバーばかりです。そう、オーナーズミーティングでもまたフィエスタでもこれまでに何度も会っている仲間なのです。見る見る2列に並びはじめたNSXは最後尾ははるか向こうまで伸びました。あちこちで、再会を喜び合い、お互いの車の変わらないこと(場合によっては変わったこと)を確認しあいます。

走行準備ができた参加者から順に、開会式が行われるコレクションホールにバスで移動します。開会式はオリエンテーションルームを使用します。参加者全員に特製ステッカーが配布されました。記念になる貴重な1枚です。司会進行は「YOKOHAMA」の幹事が務めました。はじめに主催者を代表して「ジャパン」の会長から開催趣旨・経緯の説明と参加クラブの紹介。クラブ毎に参加者が起立していきます。今回は関東のクラブからの参加を想定していましたが、何と「九州」から2台の参加がありました。「月曜会」、「つくば」、「京葉」、「サロンド」、それに「YOKOHAMA」と「ジャパン」、関東のクラブはほとんど参加しています。54台、80名。続いてゲストの紹介。上原さんはじめホンダ関係者、また一日お世話になるASTPのインストラクター・スタッフを紹介します。今回の特別講師は清水和夫氏。自らもご自身が所有するNSXを駆っての参加、ご本人の口からは「オーナーのひとりとして、今日一日を楽しみたい」との言葉も。実はもうひとり、特別講師として黒澤元治氏をお招きする予定でしたが、あいにく鈴鹿での合同テストと重なり、お越しいただくことができませんでした。ゲストからもお言葉をいただき、またインストラクターから本日の進行および注意事項の説明がありました。その後、同乗走行券の販売がありました。清水さんドライブが3名、そして何とあこがれの上原さんドライブが1名に。今日一日無事故で終えることを約束して、開会式は終了です。次は中庭で全体集合記念写真撮影。ここで参加者を驚かせたのは、展示されていたレーシングNSX。1台は95年のルマンに挑戦したGT1、もう1台は当時のJGTCを戦ったavex NSXです。昼食までに少し時間があったので、これまであまりお目にかかることがなかった車両だけに、皆さん車をバックに仲間と記念撮影される方が多かったようです。

昼食はグランドスタンドのVIPルーム。コースが一望できる席で、ゆったりと食事を取りました。時間もたっぷりあったので、早朝に自宅を出発した参加者は贅沢にもここで昼寝ができたのですよ。

さて、昼食が終わるとバスでASTPへ戻り、いよいよメニューが始まります。今回はお互いのクラブの親睦を図るという目的もあったことから、まず最初に、クラブ対抗戦をしました。クラブ代表がスリパリーコースでタイムを競います。同一条件にするため、使用する車両は教習車、何と新型シビックです。インストラクターの手本に続き、各選手も練習走行を1回ずつ行います。コースアウトもしくはパイロンを倒した場合は1秒加算されます。インストラクターの厳しい目が光ります。各クラブの声援を受けながら、各選手は2本のタイムトライアルに挑戦しますが、見ているほどは簡単ではなさそうで、コースアウトする車もありました。結局、最高タイムは「つくば」の選手でした。

ここから各自選択したコースによって2班に分かれます。ロードコースを選択した参加者は南コースへ移動、腕鳴らしをします。南コースを選択した参加者はASTPに残り、スリパリーやスキッドリカバリーを体験します。それぞれが「準備運動」を終えたのち、各自が選んだ本番メニューへと移行します。(オプションですが、もてぎASTPのご好意で、翌日日曜日に特別メニューが用意されました)

ロードコースでは、走行前のブリーフィングがピット内で清水和夫さんおよびもてぎモータースポーツ課の担当からありました。フラッグの確認、自分のペースで走ること、追い越され方、緊急時の対処方法、ギアの選択などの注意事項を聞きます。走行は25分で一旦チェッカー・ピットイン、再度25分走ります。各自、自分の技量・車・身体にあわせ、適宜ピットインし調整しながら走ります。コース上のマナーもよく、コースアウトする車もなく、無事1時間の走行を終了しました。

一方、南コースでは3グループに分かれ、10分ごとの走行を繰り返します。今回は、サーキット走行そのものが初めてという参加者も数名おられ、清水和夫さんから特別なコーチングがされました。参加者からは「何回かスピンもしたが楽しく走れた」と。このコースは白線内を走るもので、コースアウトしても安全に走れます。ベテランにもこのコースは好評で、スキルアップには最適のようです。各車快音を残して、走っていきます。各ドライバーも汗だく、心地よい満足感を得ながら、終了の時刻を迎えます。

今回は参加者のほとんどが宿泊コースを選択されました。チェックイン後、各自の部屋でパーティーに備えます。日帰りコースの方はこれでメニュー終了、他の参加者との再会を約束して帰途につきます。

ホンダ関係者、もてぎスタッフも交えたパーティー開会です。「YOKOHAMA」と「ジャパン」の代表が進行を務めます。乾杯の発声は、「九州」から初めてのもてぎという参加者にお願いしました。おいしいと評判の料理を食しながらの歓談、車のこと、本日の走行のこと、後継車のこと、孫のこと(笑)・・・など話題になったことでしょう。今回参加していた日本在住のイギリス人オーナー夫妻にもスピーチをお願いしましたが、本国でもなかった素晴らしい集まりであること、楽しく一日を過ごせたことなど満足いただけたようです。

ゲストとしてご参加いただいたホンダ関係者からは、それぞれこれまでを振り返った話、今後NSXを長持ちさせる秘訣、今後のこうした交流の場の大切さなどの話などをしていただきました。

クラブ主催行事ということで、フィエスタにはとてもかないませんが、ささやかな景品を用意してのジャンケン大会。宗一郎さん自筆の「夢」をモチーフにしたピンズ、ラジコンカー、佐藤琢磨選手直筆サイン入りグローブなど。また、特撰として次回のクラブミーティング参加費用に充当できる金券も。ASTPでのタイムトライアルでトップタイムを出された「つくば」からの参加者にも賞品が贈られました。

主催者から一日無事故で無事終了できたことに感謝し、次回来年春の開催決定を宣言するとともに、ひとりでも多くのクラブ員の参加をお願いし、またこの地での再会を約束してパーティーはお開きとなりました。

その後も、クラブの垣根を越えて、カラオケルームやバーでの歓談が深夜まで続きました。15年を振り返ると、楽しかった昔の思い出話となります。NSXとは一体何だったのか。これほどまでに長く人を惹きつけ、人々をも繋げてしまう、その媒体・中心にあったNSXとそこに集った素晴らしい仲間、そして文化。Never ending story…………….

NSXクラブミーティング2006実行委員会

アンケート結果(終了後回収した46件)

開催曜日について

1. 土曜日のイベントで、終了後にパーティー・宿泊(今回と同じ)39
2. 土曜日にパーティー・宿泊して、日曜日のイベント
3. その他(どちらでも可、日曜日開催後に宿泊)

参加費用について

1. 今回のレベルでよい40
2. メニューを減らして、安価にする
3. 高くなってもいいので、メニューを増やす

パーティーについて

1. あるのがよい36
2. 無しでよい
3. 選べた方がよい

次回は2007年春の開催を計画しています

1. たぶん参加を検討するだろう46
2. たぶん参加しないだろう

同伴者の方にお尋ねします

1. 退屈はしなかった19
2. 退屈だった(コレクションホールもコースに入れて欲しかった)

ご意見・感想など(順不同)

続けて欲しい
同乗走行券の落札形式販売は見直しを
続けて欲しい
時間配分はベスト
完熟走行はレコードラインを走って欲しい
来年も開催希望
タイム計測希望
楽しめた
ほとんど顔見知りだった
同乗走行の決め方に疑問
早めに日程が決まれば、参加者が増えたかも
最高でした
オーバルを走りたい
もう少しサーキットを走りたい
とても楽しめた
スキルアップにも有効
ホンダ関係者も交えた遊び的要素を希望
パーティー時に椅子が欲しい
食事がおいしかった
鈴鹿は遠い
ステッカーも良かった
ありがとう

貴重なご意見ありがとうございました。次回に向けて参考にさせていただきます。

ホンダ内サイト「Sportscar Web」でのレポートはこちら


(C)Copyright 1998-2020 NSX CLUB OF JAPAN. All rights reserved, 無断転載を禁止します。

NSXPO2004

みんな楽しんでるなぁ

昨日まで4日間、NSXPO2004に参加してきました。とりあえず、ざっと感想を述べます。

最初に思ったのは全員が自分たちで盛り上げよう!という気概があり、とてもフレンドリーなムードの中で行われていることでした。Fiestaとは違ってクラブ独自の企画なので、こういう雰囲気になるのでしょうけれど、ある意味とてもうらやましく?思いました。

二つ目はとにかく皆さんNSXが大好き!という方ばかり。暇さえあれば車を磨いていつもぴっかぴか!室内も塵ひとつない方の車もありました(これは大げさな表現ではなくて本当にそうなんです)。初期型も多かったですが、塗装の状態などもとても13年前の車とは思えないほどの車が多かったです。もっとも日本と違って屋内保管が基本のアメリカならではなんでしょうが、ちゃんとメンテナンスをしなければあんなに綺麗な状態を保つのは不可能でしょう。

三つ目は意外に外見はおとなしい感じが多い車が多かったです。西海岸はどうもそうではないようですが・・でも、スーパーシャージャー装着率がとても高くてこれはびっくり。サーキットでスーパーチャージャーを搭載した車に同乗させて貰いましたが、いやはや、加速の良さにびっくりです(ただ、トラブルも細々あるようですが・・)。おとなしい感じが多いという裏にはこちらのオーナーは比較的、年配の方が多いということと繋がります。なにせアメリカで車に8万ドル出せる人はそうはいませんし、アメリカ人は家にとても執着があってまずは家を建てて、それで余裕があれば車を買う・・という感じなのです。なので、オーナーの年齢も上がってしまうのでしょう。

四つ目。トラックイベントなんですが、とてもコントロールされていて、これも驚きました。私の知る限り3件ほどクラッシュがありましたが、何度もミーティングを重ねて初心者のフォローを行って、追い越しも直線のみと限定するなど、安全第一に考えられたイベントでした。あと、インストラクターがずっと同乗するのには驚きました。

最後に・・・、まだ、いろいろ感想もあるのですが、まとめきれていないので、また別の機会にするとして、もう一つ驚いたのは富吉さんの人気。すれ違う人たちが皆、名前を呼ぶほどです。時間があればこちらの方とコミュニケーションを図るその姿には脱帽でした。また、こんなに楽しいイベント参加しない手はありません!是非、チャンスを作って参加していただきたいと思いました。英語がそんなに出来なくても大丈夫。NSXという共通の話題だけで盛り上がりますよ。

写真を整理したらまた、UPします。

千種俊輔(米国ボストン在住)


はじめてのNSXPO

初めての海外と言うこともあり、準備段階からワクワクしておりました。お土産もHONDA好きな人達を想定しHONDAグッズを数万円分用意しトランク半分につめて、いざアメリカに出発です。無事、アメリカに到着しレンタカー屋を出ると高架下でCAのメンバーが3人も待っててくれたのは少し不思議な感じでした。

ヤンキースタジアムで2台合流、道中で徐々にNSXが合流し郊外のパーキングに立ち寄った時点では20台以上になっていました。NSXPOの行われるコーリングのホテルまで約6時間、見所のあるツーリングでした。もちろんここまでに、30枚近くの写真を撮りました。

さて、会場に着きいよいよNSXPOのイベントに参加です。1日目はポーカーラリーに参加です。何処でも、NSXに群がる姿は共通だなぁ~と思いました。初めて外人の助手席に乗り、いきなり「I love NSX」と言われて時にはびっくりしましたね。でも、乗っているうちに自然と気持ちが解けて行ったのは言うまでもありません。道中の紅葉がきれいでこれまたびっくりでした。昼食のステーキもおいしかったです。

2日目,海外でのフリーマーケットならぬ即売会は勝手わからぬまま終わってしまいました。クラブ財産でもあるシルクスクリーンは、1枚しか売れなかったのはかなりショックでした。夜のパーティーでは、持って言ったビデオが大盛況で片言の英語で通じたのはかなりうれしかったです。

3日目、朝からガラスミュージアムで集合写真、小雨の中でも元気なCAのメンバーには感服でした。また、コンテストでは、アルミホイールをシートに貼り付け断熱?していたのも面白かったです。昼から、Watkins Glenのオールドコースを2周ほどしみんなより早い帰途にホテルで一寝入りし、夕食パーティーの行われる湖の遊覧船乗り場間でしばしのドライブでした。道中、飛行機が売っていたり、ほのぼのとした町並みが私を癒してくれたのは言うまでもありませんでした。

4日目、いよいよWatkins Glenサーキットです。やっぱり、NSXはサーキットが良く似合いますね。当日は、曇りで気温も極寒?のなか皆さんは安全に走行されていたのも印象です。同乗走行では、窓開けの状態で非常に寒いのも良い思い出でした。あと、ブーツの入り口の所で森の中に入っていく感じは日本には無いタイプのサーキットで思い出深いものでした。また、ワックス会社の実演に人だかりがいたのも印象的でした。

5日目、最終日なので寂しい感じでしたが、サーキットではかなり過激に走るようになる方が多くなって多々クラッシュはありましたが、晴れのサーキットでは多々熱くなってしまいました。

総感想としては、みなさんフレンドリーで嬉しかったです。私は、時差の関係と体調不良もあり、皆さんにいろいろと迷惑をかけましたが個人的には、面白かったですね。


NSX車両についてですが、外観がノーマルが多く、エンジン、ブレーキをイジってあるのが定番の感じです。また、マフラーも、日本製の低音のドロドロした感じではなく、心地よいサウンドも印象的でした。>基本的にセンスが良いんですね。。。

また、NYCでは小林さんの配慮で高級ホテルに宿泊させていただき感謝に尽きません。 富吉さんのガイドも一日で大変でしたがお疲れ様です。コースとしては、自由の女神→貿易センター跡→タイムズスクエアー→マンハッタンと かなり、濃密でしたョ。

千種夫妻にも、異国の地で日本語が通じた時の感動は嬉しいものでした。また、私の体調を気遣っていただき薬局に連れて行ってもらったときは本当にありがとうございました。

私自身、英語が話せないので皆さんにかなりの負担をおかけしました。その分私は、充分に楽しませていただきましたのでご安心ください>笑。皆さんに、「良い思い」をさせていただいたことを、感謝します。そうそう、帰ってから早速NSXを洗車しました。某社のワックスは最高ですね。先日までの台風でもつやは維持しております。

駄文で申し訳ありませんがこれで締めくらさせていただきます。

岡本哲也(愛知県)


9.11のニューヨークでのNSXPO

私にとっては1999年のラグナ・セカに5人で参加して以来2回目の参加でした。今回は東海岸ニューヨークでの開催であったこと、1998年のNSXCAからのもてぎフィエスタへの初めての受け入れから付き合いのあるMiled Salheb(以下ミレ)がいる地であること、9.11のテロがあったこと(このことが予期せぬビッグイベントになってしまうとは思ってもいなかったのですが、これは後述)、昨年脳腫瘍で亡くなったオランダのGuus Tothと初めてあったのがNSXPOだったこと(私がよく絞めているネクタイは彼からのプレゼントなのです)、マイレッジが随分貯まっていたことなどで、割と早い段階から参加を決めていました。ひとりでも参加するゾと思っていたところ、クラブから多くの方から問い合わせをいただき最終的には4人での参加となりました。

名古屋から参加の岡本さんと成田で合流。「オータム・イン・ニューヨーク」(Autumn in New York)と言われるようにこのシーズンは一番美しい時期でもあるのですが、運賃も安く(正規割引で80,000円くらい)、機内も空席が多いのは意外でした。岡本さんとは通路を挟んで隣同士だったのですが、3列シート(エコノミーです)の中央は空席で13時間のフライトもそれほど苦痛ではありませんでした。

ニューヨークJFK空港に到着。テロ対策でしょう、入国審査はこれまでより強化されており、両手の人差し指の指紋をスキャニング、顔写真も撮られました。ふたりとも無事通過。エアートレイン(AIR TRAIN)というのができていて、これに乗ってレンタカー会社まで移動します。カウンターでは予約表を見せたら、特に何事もなく駐車場に行きます。至ってスムーズ。当初フォード・エクスプローラークラスを予約していたのですが、フォード・マスタングクラスに変更していました。が、車はシボレーのマリブです。V6、4ドアハッチバックセダン。二人分の荷物は楽勝で積めました。慣れない左ハンドル、場内でも注意しながら走行スタート。出口ゲートで免許書などを呈示して出ると、ニューヨーク在住のミレら3台のNSXが迎えてくれました。再会を喜び合い、簡単な打ち合わせ後オフィシャルホテルのあるコーニングに向けて出発。ミレは私達にトランシーバーを貸してくれました(彼らはラジオと呼んでいて、クラブ員のほとんどが持っています。全員が会話を聞くことができるのでツーリング時にはとても便利)。左手にマンハッタンの高層ビル群を見ながら橋を渡ります。珍しいのですが、何ヶ所か橋の通行料と思われるゲートがありました。4ドルです。最初の寄り道、ヤンキースタジアムで早速記念写真。もちろんゲームはないので閑散としています。松井秀喜は大人気です。松井稼頭央は評価低いですね。途中大きなサービスエリアで休憩。既に10数台のNSXが来ています。このあとはコンボイで一路目的地へ。天気は良好。20台以上はいたでしょう、隊列が美しい。この日レンタカーは私がドライブしていましたが、マリブはパワフル、トルクもあってNSX軍団にも付いて行けたので感心しました。

暗くなりかけた頃、到着。コーニングはマンハッタンから見ると北西に位置し、おおまかに言うと五大湖のひとつ、オンタリオ湖の南です。既に参加受付が始まっています。今日来る連中のことをアーリー・バード(Early Bird)と呼んでいます。「一番鶏」「気の早い奴ら」の意味です。パスや書類、スポンサーからのフリースやTシャツなどを受け取ります。やはりサイズがバカデカい。SとMをお願いしました。軽食・スナックが用意されていましたが、到着がちょっと遅かったのであまりなく、ホテル内のレストランで岡本さんと夕食。面識あったのはKen Saxだけ、オーガナイザーのLarry Bastanzaらにあいさつ。「よく来てくれた」。

NSXPOはNSX Fiestaと違って、クラブが主催するイベントです。このため、各イベントや昼食やディナーなどはスポンサーが手配・負担するシステムになっています。以下に紹介するイベントはほとんどが「Sponsored by ******」と銘打っています。

初日、というかまだ公式イベントではないようなのですが、ポーカーラリーの日です。このゲームは一般的なのかも知れませんが、私は意味がよくわかりませんでした。朝、駐車場に集合、アメリカのホテルは駐車場が滅茶苦茶広いですね。100台近くいたと思うのですが、全然余裕です。Larryからコース図の説明などを受け、グループごとに時間差でスタート。オーナーの助手席に乗ります。チェックポイントで封筒に入ったカードを1枚引きます。次のチェックポイントへ。あるチェックポイントでのハプニング。そこはガソリンスタンド。ラリーなので同じグループのメンバーが全員が揃うまで待ちます。待機中のNSX軍団の中へ、タイヤショップのトラックが給油に来ました。給油を終え、バックするときに黄色のNSXドライバーがクラクションを鳴らしています。トラックの運転手には音は聞こえますが、何のことかわからずそのままバック。3回ほどそのやりとりがあった末、ドライバー側のドアをガリガリガリ。もちろんドライバーは運転席に乗ったまま、クラクションを鳴らし続けています。保険会社に電話、パトカーも来ました。気の毒でした。

道中は田舎です。ああ、何て美しいんだろう。家々、街のあちこちに星条旗が掲げられています。「いつもああなのか?」と尋ねたら、9.11のテロ以来、この時期はこうする家が増えたとのこと。プレリュードの売り物があります。

昼食は全車が揃ってからボートハウスでした。ここのビーフはおいしかったですねぇ。量もありましたが、岡本さんも私もすべていただきました。同じテーブルだったオーナーは確かマサチューセッツとシカゴから来ていたと思います。二人ともお互いに面識はないようでしたが、やはりNSX仲間ということで話は弾みました。

朝のうちは霧がありましたが、午後には気温もあがり、半袖のTシャツで十分な陽気。最終のチェックポイントはグライダーの飛行場でした。通路を埋め尽くすNSX。併設の博物館内のセミナーハウスに全員移動し、テーブルに着席。わかりました。ここでポーカーをするのです。

チェックポイントごとに車を乗り換えたのですが、みんなドライブはうまいですねぇ。郊外でほとんど他には車は走っておらず、それなりのスピードですが、コーナーリングもスムーズ。シフト操作も確実です。そうそう、今回いろんな車を見て回りましたが、ATは1台もありませんでした。若いオーナーも多いのですが、同時に年配も目立ち、はっきりとした年齢はわかりませんが、50~60歳台のオーナーも普通にドライブしています。誤解されると困るのですが、東海岸はインテリが多いように感じました。車の外観についても、大きなウィングや派手なワイドボディーはほとんどありませんでした。ただ、ブレーキを変えてみたり、スーパーチャージャーが付いていたりする車はありましたが・・・。ホテルに戻ったらみんな早速洗車です。だからいつもピカピカなんです。長蛇の列。そう、明日はコンテストの日です。

この夜は、バンドが入ってのディナーです。孫がいそうな老夫婦も含め、多くのカップルが中央のフロアで踊っています。日本人には驚きですね。そう、カップルでの参加が多いのも印象的でした。私もいくつかのテーブルに挨拶に回っていたら、レディーから「一緒に踊りましょう」と誘われたのですが、丁重に辞退させていただきました。失礼だったかな?部屋に戻ってから、ミレを含めてシルクスクリーンの販売作戦を練りました。また、明日のパーティーの席上、彼が日本語で我々を紹介していくれると言うので、そのリハーサルを入念にしました。どうも、9.11にまつわる記念品をくれるようです。私たちはクラブ・オブ・アメリカに対して額入りの赤のシルクスクリーンを贈呈すべく用意していました。

土曜日はフリーな感じです。朝から会議室でテクニカルセミナーが行われています。各ベンダーなどが製品紹介をするもので、「塗装保護フィルム」「タイヤ」「ブレーキ」「リペア」「DIY」などがテーマでした。もちろん英語なのでちょっと覗いただけてすが、熱心なファンが30名くらいいて質問も活発でした。平行して、近くの博物館のツアーも開催されています。各自の希望で自由に参加できます。また裏庭では、各ベンダーが展示ブースを構えています。私たちも商売する気はなかったのですが、シルクスクリーンとハイパーレブNo.2は売りたかったので、テントの一角を借りて出店しました。開店直後は「無料(Free)」と書いてステッカーやTシャツを置いていたら、アッという間にドンドン持っていかれたので、その後大急ぎで値札を付けました。今度は「Tシャツ5ドルは安すぎる」と言って15ドルくれたり、「タダはおかしい」と5ドルくれたりで結構旅費の足しになりました。ハイパーレブは10冊完売しましたが、肝心のシルクスクリーンは1枚しか売れませんでした。「150ドルは高かったのだろうか」と話しているとミレは「いや、彼らはこの絵の価値をわかっていないんだ」と言ってくれました。夕刻、早めに閉店。99年の時は賑わっていたのですが、何かお客が少なかったですね。場所の問題かも知れません。

その夜は正式なディナーパーティーです。やはり華やかな雰囲気があります。開会式に相当するのでしょうか、クラブの会長や開催地の代表などがあいさつや明日からの進行についての説明をしています。ほどなくミレが壇上に上がりました。そして日本語で我々の参加を歓迎するスピーチを始めます。我々4人が紹介され起立、壇上に招かれます。ここでミレは3年前のワールドトレードセンターのアタックの話に触れ、彼の友人である消防士・警察官が犠牲になったこと、彼自身がボランティアとして活動したことなどを話しました。彼らはあの日のことを決して忘れていません。ミレは9.11の色紙を持参し、消防士・警察官の自宅を訪問して回り、署名を求め歩いたのです。その色紙を私たちに授与してくれたのです。満場から拍手。思いがけない贈り物に私は非常な感動を覚え、またこのイベントで初めてあったGuus Tothが昨年亡くなったことも思い出し、謝辞のスピーチを始めてまもなく、不覚にも涙でほとんど声にならず、最後に「Enjoy together!!」というのが、精一杯でした。このあと、我々からクラブの会長にシルクスクリーンを贈呈しました。このセレモニーで日米のクラブはより親密・緊密な関係になったと確信しました。素晴らしい瞬間でした。

(余談)ミレが色紙を私に渡そうとした正にその時、調理場の方から皿を落としたような音が聞こえ、会場の数名があまりのタイミングのよさに笑い声をあげたのです。この時、壇上では厳かともいう雰囲気だったので、さすがのミレも彼らをたしなめる場面がありました。

延々とパーティーは続きます。お礼を兼ねて、できるだけのテーブルを回りました。日本と同じく二次会に場を移して車談義が続きます。驚いたことに、先ほど贈呈したシルクスクリーンが話題になっていて、「赤の他に白と銀がある」と言ったら、「見せて欲しい」と言われ、日本から在庫全部を持ってきたものを部屋に取りに戻り見せました。「黒はないのか?」この夜だけで7枚(最終的には10枚)も売れました。実は昨夜の作戦会議の時、ミレに銀を1枚プレゼントしていたのです。これが効いたのでしょう。彼は熱心にこの絵の説明、売り込みをしてくれました。感謝しています。

日曜日はケミカル用品メーカーがスポンサーのコンクールの日です。コーニングという町はガラスで有名らしく、会場はホテルの近くにあるガラス美術館の駐車場です。そもそも最初の頃はスポンサーからわかるように、いかにピカピカにしているかを競うものでしたが、最近はちょっと変わってきているのか、またはオーナーの遊び心なのか、イベントそのものを楽しむ感じがあります。今回最も目を引いたのは、黄色の車です。トランクには料理などに使うアルミフォイルがたくさんあります。何をするのかと見ていると、何とシートを2脚ともそのフォイルで包み始めました。尋ねると「内装もアルミにするんだ」そうです。いやいや、ユーモアたっぷりです。ここで集合の記念写真を撮ります。美術館内で昼食、その後参加車両1台1台の記念写真を旧コースの某所で撮影。夕食はクルーズ船上でだったのですが、何と甲板ではクラブ員の結婚式が行われていました。これには驚きました。

月曜日はいよいよ、ワトキンスグレンです。走行しない連中は昨夜やけさ帰途についています。ブリーフィングがあるというので、早朝の出発です。日本からのメンバーはレーシングスーツに身を固め集合。待ち合わせしていたオーナーが現れないので、千種さんの車で移動。ホテルからは約20~30分。ゲートでサインして入場、ガレージに向かいます。千種さん「でっかいガレージだなぁ」。我々はもちろんエントリーしていないのでドライブはできませんが、助手席に乗ることはできるとのことでした。インストラクターのミーティングのあと、ドライバーズミーティングです。例によって旗の説明などがあります。「ノービス」「インターミディエイト」「アドバンス」の3クラスに分けられていて、それぞれ色違いのリストバンドをします。走行は日本とはまったく違っていて、はじめの3周はインストラクターがドライブ、ドライバーは助手席に座ります。車両はドライバーのものです。その後、インストラクターが助手席に座り、周回を重ねます。この日は昨日までと打って変わって非常に寒かったのですが、窓は両側とも全開。追い越しは直線のみで、ドライバーは腕を大きく外に出し、追い越されたい方向を指差しします。何故ウィンカーを使わないかなど疑問はありますが、同乗させてもらって追い越す時はわかりやすく思えました。

午後、北東地区の代表で、今回の走行の責任者でもあるPeter Millsドライブの車に同乗させてもらうことになりました。5点式シートベルトのハーネスを締め上げ、コースイン。コース幅はそれほど広くはなく、ほとんどガードレールやタイヤバリアが両側にあり、エスケープゾーンもないので、すごくタイトに感じスピード感もあります。最高速は確か120MPHくらいだったと思います。アップダウンもありバンクの付いたコーナーもあるのですが、この人滅茶苦茶速いです。年齢はわかりませんが、60歳は超えているでしょう。横Gで久々に首が痛くなりました。1周目の最終コーナーで外側の縁石に少し乗り上げヒヤッとしましたが、彼のテクニックには感服しました。降りた後で聞いたののですが、彼の速さは有名で、皆知っているようでした。

この夜は、走行しないのでホテルで待っていてくれたミレたちと夕食。ホテル近くの中華のファーストフード店でした。なかなか旨い。その後ホテルに戻るとロビーのあちこちでパソコンの画面を覗き込む風景が。これまでに撮った写真をお互いに見せあっているのです。随分と光景が変わったものです。

翌日はレンタカーを返却。ガソリンスタンドがなかなかわからず、探している間に随分とマンハッタンの中をドライブできました。ほとんど一方通行なので、左折時に反対車線に入る心配もなく、なかなか楽しめました。その後地下鉄などでスタッテン島、自由の女神、バッテリーパーク、グラウンド・ゼロ、エンパイアステートビル、タイムズ・スクェア、ロックフェラーセンターなどを訪れホテルへ。

マンハッタン二日目は雨だったのですが、メトロポリタン美術館に入って岡本さんとは解散、自由行動としました。美術館内のカフェの料理はお勧めです。おいしい。その後、私はなぜか、Williams Sonomaで台所用品などの買い物をしていました。最後の夜になるので、Miled、GregとSusan夫妻と我々の5人でリトル・イタリーのレストランに出かけました。パスタ一皿20ドルくらいとちょっとお高いのですが、おいしかったですねぇ。Susanが選んだワインも旨い。私は記憶していないのですが、3本飲んでしまったようです。ご馳走してくれたのですが。再会を約束してホテルで別れました。GregとSusan夫妻はこのホテル近くに住んでいるらしい。

出発の日です。マンハッタンからはJFKまでのタクシー運賃は45ドルの定額。わかりやすい、いいシステムです。混雑や警備も大したことはなく、随分早く着いてしまいました。日本到着は翌日です。

日本にはフィエスタという素晴らしいイベントがあります。NSXPOはクラブが主催しているからか、クラブ員自身がどうすれば自分たちが楽しめるかを考えて参加しているように思えます。毎年開催されますが、全米を6つのエリアに分けて持ち回りで開催するため、ひとりひとりのクラブ員にとっては自分の住むエリアでの開催は5~6年に1回となります。フロリダやカリフォルニアからの参加者もいましたが、やはり近郊のメンバーが多いですね。このため、開催地周辺のメンバーの期待は大きいのです。今回は120台、205名の参加だったと聞きました。

NSXPOについてはこれまでにも触れてきましたが、本当の楽しさは参加してみないとわからないと思います。機会があれば、是非参加して下さい。岡本さんもおっしゃってましたが、英語はわからなくても十分楽しめます。私もサポートしますし、彼らもジャパンのメンバーにはよくしてくれます。2005年はアリゾナ州のフェニックスです。なお、NSXPOは毎年10月の第2土・日を中心に開催されます。フィエスタと日程が近いのが難点ですが。

富吉啓文(神奈川県)